「戦争に、飼い慣らされた犬なんて生ぬるい!」
「そもそも犬にこだわる必要があるのか?」
「軍用として、犬じゃなくて、野生の狼が使えたら最高じゃないか!?」
これが、彼らの始まりである。
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レンデルト・サルース氏
<レンデルト・サルース氏(1884年 - 1969年)-Saarlooswolfhond>
1900年代、すでに警察犬・軍用犬として絶大な人気を誇っていた犬種がいた。ジャーマン・シェパード・ドッグだ。そんなジャーマン・シェパードよりも、軍事に使える優れた“動物”がいるはずであると最初に思ったのがオランダに住む、レンデルト・サルース氏である。彼がこよなく愛したのは、飼い慣らされた動物ではなく、野生の動物だった。
彼が着目した野生の動物、それが狼だった。
しかし、野生の狼が軍事に使えないことはすぐにわかった。全ての野生の動物に共通する行動が当たり前だが狼にも備わっていた。
【無駄な殺生(争い)はしない。】野生動物には、みなこのことが本能に刻まれている。 【自分より強い相手に遭遇した場合はすぐに逃げろ。絶対に殺り合うな。】厳しい野生で生き抜くためにはこれも決して欠かせない本能である。
つまり、純血の野生の狼は、軍事には全く向かなかった。
ジャーマン・シェパード・ドッグの血を混ぜよう
<ジャーマン・シェパードの“父”と呼ばれている【ホランド】が第一号としてSVに登録され100年以上経つ現在、優に200万頭を越すジャーマン・シェパードが登録されいる。彼らの人気が衰えないのもわかる気がする。>
はじめに言っておくと、サルース氏は元は船のコックをしていた人物である。そのため遺伝に関して明るい人物ではない。
しかし、野生の狼にジャーマン・シェパードの血を混ぜれば、ジャーマン・シェパードよりも優れた、最高の種が出来るのではないかと確信に近い思いがよぎった。1930年代のことである。
狼の【敵への慎重さ、注意深さ、仲間との連携や統一性】と、ジャーマン・シェパードの【賢さ、訓練の入りやすさ、コマンドに対する集中力】を合体した、卓越した種ができると、そう確信したのだ。
彼は、すぐにジャーマン・シェパードと純血の狼を交配させた。
しかし、
結果は全く思うようにいかなかった。
野生の狼の血は、ジャーマン・シェパードの性質を殆ど抑えた。つまり【無駄な殺生はしない。】【自分より強い相手に遭遇した場合はすぐに逃げろ】の気質を持つ子犬がうまれた。
この時、子が引き継いだ狼の遺伝子は50%である。
しかし、この遺伝学の知識を持っていなかったサルース氏は、50%の狼の遺伝子を下げるどころか、子供間や親子間の交配を繰り返し、結局、狼の遺伝子を100%近く持つ、ほぼ、【狼】と呼んでもなんら差し支えない子供たちばかりを約30年以上も作り続けてしまった。
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サルース・ウルフドッグ(別名:サーロス・ウルフホンド)の誕生
<狼の血を引くウルフドッグは決してひとりきりで犬舎にいれてはならない。最低2頭で入れること。でなければ、群れで過ごすことに対して強い執着をもつ彼らの精神が壊れてしまう。>
サルース氏の死から6年後のこと、他の愛好家が野生の狼とジャーマン・シェパードの固定に成功した。1975年のことである。正式にケネルクラブに認可されることに至ったこの犬種の名前は【ヨーロピアン・ウルフドッグ】と名付けられた。
しかし、30年以上の歳月をかけたにもかかわらず、成果を得られず無念な死をとげたサルース氏に敬意を表す者達の声が集まり、犬種名が変更された。
【サルース・ウルフドッグ(別名:サーロス・ウルフホンド)】の誕生である。
野生動物をこよなく愛すサルース氏の思いが宿ったこの犬種、ケネルクラブに認可されたものの、【無駄な殺生(争い)はしない。】 【自分より強い相手に遭遇した場合はすぐに逃げろ。絶対に殺り合うな。】という、野生動物の本能を濃く残したままの種に変わりはなかった。
つまり軍事には一切向かなかったのだ。
警察犬や軍用犬の訓練士が近づくだけで彼らは逃げる。加えて無駄な労力は必要ないと考える彼らに、軍用が無理なら、せめて救助犬として…などと、そんな考えも全く通用しなかった。
また群れに対する執着も恐ろしく強い。決して離れず行動を共にしようとする。彼らには【ひとりで家でお留守番】なんて一切理解できない。ひとりきりで待たされることに精神が耐えられないのだ。上の動画でもわかるように必ず2匹で犬舎にいれてやらなければならない。彼らをひとりには決して出来ないのだ。
しかし、彼らは狼として良い面も多く引き継いでいる。家族とみなした者には、絶大なる愛情を向ける。まるで、本当に血を分けた家族のように。
彼らはコマンドで誰かを威嚇したり噛み付いたりはしない。しかし、家族が危機に直面した時、この種は勇敢に立ち向かい是が非でも守るだろう。愛する者の危機にしか、この種の本領は発揮されないのだ。
チェコスロバキアン・ウルフドッグの誕生
<ドッグランにウルフドッグを群れで連れてこられたら一瞬驚きますね^^;でも、こうしてみるとウルフドッグとはいえ、意外と小さいことがわかります。ローデシアン・リッジバックのほうが大きいです。>
「野生の狼と犬を交配させたら、どんな素晴らしい軍用種が生まれるのだろうか。」
旧チェコスロバキアでもサルース氏と同様の実験がはじまった。この時代、野生の狼を軍用にしたいという願望が特に強かった時代でもある。1955年のことである。純血の狼が軍事に向かないのは周知の事実。彼らは純粋な狼4頭と多くのジャーマン・シェパードを集め実験をはじめた。
しかし、
結果はサルース氏と全く同じであった。
野生の狼とジャーマン・シェパードを交配させうまれた子にはすべて、当たり前だが野生の血が流れている。つまり、【無駄な殺生(争い)はしない。】 【自分より強い相手に遭遇した場合はすぐに逃げろ】をみなしっかりと持って生まれてきたのだ。
この種にはチェコスロバキアン・ウルフドッグと名が付き、ケネルクラブに認可はされたが、やはりサルース・ウルフドッグ同様、軍用には向かなかった。
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チェコスロバキアン・ウルフドッグの価格や略歴、飼い方の注意点は??
実験的に創られた彼らの存在
「野生の狼を軍用にしよう」「ジャーマン・シェパードよりもすぐれた種をうみだそう」と実験的に創られたこの種は、結果として、期待していたものとはほど遠かった。
サルース・ウルフドッグもチェコスロバキアン・ウルフドッグも、どちらも野生の狼の気質を濃く持ち、厳しく扱った訓練士に対しすぐに逃げる、みなれないものが近づけば即座に逃げる。コマンドで、吠えろ、威嚇しろ、という理由も理解しない。 群れでの行動を好み、ひとりきりで外の番を任されるなんて耐えられない。群れの一員が危機に晒されれば全力で守るが、それ以外の無駄な争いは避ける。
用心深く、慎重で臆病、感受性が高く、犬舎の位置が少し変わっただけで、その場に中々なじめない。そんな気質を見せる種なのだ。
野生の厳しい世界では役に立つこの能力も、これでは戦争では役にたたない。野生の血が濃ければ濃いほど、人間の思うようにはならないのだと、この時誰もがわかったのだ。
しかし、よくよく考えてみて欲しい。
確かに軍用犬にしたいという実験にはうまくいかなかった。けれど、人間のパートナーとしては大成功を収めたのではないだろうか。狼の血を引いた彼らは、群れの一員とみとめた者を、血を分けた家族とみなす。これは、飼い主からすると、とんでもなく幸せなことではないだろうか。
たしかに得意な気質を持つため、誰もが飼える種ではないことは明らかだ。家庭犬としてのしつけも相当入れにくい。しかしそれでも、そんな彼らに惹かれ、迎えたいと思う人は世界中に万といるのだ。
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