【灰色の幽霊】という異名を持ち、秘密裏かつ独占的に作出された彼らの名を“ワイマラナー”という。
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灰色の幽霊(グレー・ゴースト)の始まり
出典 Karl August, Grand Duke of Saxe-Weimar-Eisenach(1757年9月3日 - 1828年6月14日)
【君主カール・アウグスト】
彼は、ワイマール地方のザクセン=ワイマール=アイゼナハ大公の君主であり、狩猟になくてはならない存在である猟犬を大量に抱えていた人物のひとりである。そんな彼の所有する膨大な数の犬舎から、グレー・ゴーストは作出されたと伝えられている。
しかし、グレー・ゴーストの固定繁殖は秘密裏かつ独占的に行われ、実際のところ、基礎犬や起源と呼べるはっきりとした記録は残っていない。そのため、はるか昔の8世紀頃から存在していたという説を訴える愛好家もあらわれているのだが、ワイマールの宮廷から誕生したという定説は、グレー・ゴーストの起源としては最も有名である。
万能な狩猟
この種の本来は性能は、クマやオオカミなどの大獣の狩猟のためにあった。しかし、19世紀後半に入り小獣を対象とした追跡・追及・回収・ポインティングの能力を追加する交配がなされ、1896年ついに、追従性・スピード・勇気・耐久性を万能に併せ持つ新種の猟犬が誕生した。
名前はワイマール地方に因んで【ワイマラナー】と名付けられた。
獲物を見定めるわずかに淡い瞳と、金属を彷彿とさせる光沢を帯びた灰色を纏うワイマラナー。森林で狩りを成し、獲物を持ち帰るその姿は、間違いなく【灰色の幽霊】である。
独占的な繁殖から世界へ
1896年にスタンダードが作成され、翌年の1897年にワイマラナー純血繁殖クラブがドイツで設立されたのだが、クラブ設立後もこの種の独占的な繁殖は続いた。クラブ入会規制は厳重で、繁殖も、もちろん所有することさえも、非常に厳しい制限が設けられていた。
しかし、そんな独占的な繁殖も他国の熱心な愛好家らにより終わりを迎える。1929年にブリーダー、ナイト・ハワードが米国へ、1952年にはペティ少佐が英国へ連れ帰えることが許されたのだ。
グレー・ゴーストという異名を持つ【ワイマラナー】。この種が世界へ渡り、瞬く間に人気を博したのは言うまでもない。